実は数年ぶりの再会!ということで、主従の昔のお話をそっと置いておきます。
隊商に参加する随分前なので6年くらい前だと思われ。
名前が違う?ハハ!きにしないきにしない!
書いたの結構前なので読み返したくないのは内緒)`ν°)・;'.、
がたんと大きな衝撃に、まどろんでいた意識が現実へと引き戻された。
立ち上がった拍子に抱えていた剣が床に落ち、がちゃんと硬い音を立てる。何があったのか。座礁したのかと一瞬慌てる。だが、突然騒がしくなった甲板からの物音に、船が陸に着いたのだと理解した。
そこで私ははっと我に返り、横の寝台に上体を起こした主人に目を留めた。
「旦那様、お加減は」
「まあまあだ」
小さく、力のない声だった。もともと細身だった身体は、すっかり痩せて、生気がない。長旅のせいで弱っているだけではない。無理もないことだった。ただでさえ国では心労を重ねていたうえ、亡命者となった我々に気の休まる暇があるわけもなかったのだから。
行程自体は、奇跡的なほどにうまく事がはこんだ。亡き先代と父によって、手筈は恐ろしいほどに周到に整えられていたのだ。難所といえたのは、改易地に向かう一行からそっと離れ、国境を越える時ぐらいのものだったと、私は思っている。
しかし隣国にたどりついたところで、心が休まるものではなかった。皇帝陛下は恐ろしいお人だ。どのような形であれ、彼の命に従わなかったものを、みすみす見逃すようなご気性ではなかった。
だから船にのり、国境を接せず国交もない地域へと向かった。
船旅は一月近くにおよんだ。窮屈な船室に加え潮流が激しい海路ではあったが、幸い我々は船酔いには無縁だった。主にとっては劣悪といってもいい環境だったろうに、彼はなにひとつ不平を漏らすことはなかった。
そして、とうとうこんなに遠くまで来てしまった。
「歩けますか」
無言でうなづく主人をささえ船室をでて、甲板に向かった。
外に出るなり、日差しに目がくらむ。想像を超える、体験したことのない暑さだった。今から先が思いやられる。
海辺でこれだ、目的地はもっと灼熱だろう。急いで主人に、用意していた大きな布を渡した。細い腕がそれを無言で受け取り、痩せた顔が影にかくれた。
「まずは、この地域にあった服装が必要だな、焼け焦げる」
主人もこの日差しにはめんくらったらしい、自分達の色の濃い服装をみやり、若干苦笑ぎみに言った。だが、声ににじむ通りの表情は、彼の口元にはさっぱりうかんでいなかった。
船と桟橋にかけられた階段を降り、とうとう地に足がつく。久方ぶりの大地の感触にほっとする。無事にここまでたどり着いたことを、私は神に感謝した。港も凍り付く大陸を抜け、温かな西からさらに船ですすんで辿り着いた異国の地だ。亡き先代が息子である主を逃がせと命じた場所だ。まだ旅が終わったわけではないが、追われる圧力から解放されたことは大きかった。
ふいに、残して来た父らの安否に心を馳せる。皇帝の追求は、どうなっているのだろうか。だがやはり、目下1番心配なのは主のことだった。この気温では、熱病にかかりかねない。船室があまり灼熱にならなかったということは、日蔭ならばあつさをしのげるだろう。急いで主を日蔭に促した。
主人はつかれきっていたが、歩くことに支障はなさそうだった。私に促されるまま日陰にすすみ、彼は木陰に座りこんだ。予想通り、日陰はいくらか暑さが緩い。とはいっても、息をするだけでも熱気を感じる。どのくらい気温が高いというのだろうか。
「旦那様、この街で、案内の者と落ち合う予定です」
「ああ」
我々の目的地は、主が以前医学を習った医者の師匠、サルマン・ラージーという医師の元だった。この港街から北に5日程度の距離ときいている。だが、問題は言葉だった。言葉が不自由なままでは、見知らぬ地で思うようには動けない。それを見越して、ラージー医師の使いが、この街にくることにはなっているが、数日はこの街で彼を待つ必要があった。
まずは何か言葉が通じる人間をさがさなくてはいけない。宿だけでもみつけなくては。とにかくはやく、主を休ませたかった。
港に行き交う人をみつめる。随分な賑わいだ。停留している数々の船を、人足たちがせわしなくいきかっている。この国では、外界と通じる港はここだけだときいている。行商人が多いのは当然のことだろう。
「活気に満ちた街でございますね」
「そうだな。どこかとは大違いだ」
主人は私に頷いてみせた。何を思って、そう申されたのか。表情をみせなくなった主の心境は、いまだに読みがたかった。
ふと、視線にきづく。ふりむけば道の角から、小さな少年がじっとこちらをみていた。褐色の肌にかかる蒼い髪が、日差しを弾いている。主の瞳の色のような、不思議な色の髪だ。
主人もが私にならい彼をみやると、少年はぎくっとしたようすでたじろいだ。逃げるのかとおもいきや、動かない。きらきらした瞳がやけに印象的だ。珍しいものをみつけた好奇心が、体からにじみでていた。向けられる方としては、居心地がいいとは言い難いが、悪意はなかった。私が木陰に彼をてまねくと、恐る恐る少年は近寄ってきた。
「君、この言葉がわかるか?」
問うと、自分に質問がなげかけられていることはわかったらしい。はっとした少年がめにみえて驚き、大仰な動作でなにかをいう。この国の言葉だろうか。理解できないが、つまるところわからないといいたいのだろう。
自分のしりうる言葉をいくつかつかい、同じ質問をする。だが少年は困った顔をするばかりだ。北方の言語は、わからないようだった。
「この言葉は、わかるか?」
黙っていた主人がぽつりと口を開いた。ながれでた短い一節は、船乗りがよくつかう、巻き舌が耳にのこる言葉だった。途端少年はぱっと顔を明るくし、おなじような調子の言葉をくちにした。
主人はかるく頷いた。
「少しわかるそうだ」
主人がそんな言葉をあやつれたことの驚きより、主人をつかってしまったことに対する罪悪感がまさる。私は彼に頭をたれた。
「申し訳ございません旦那様、私めの無学のために、お力添えいただくことになってしまうとは」
「かまわん。無駄な勉学も、たまには役に立つな。それで、何を聞けば良い」
私は、まず宿を教えてもらうように主に頼んだ。彼らが二言三言言葉をかわす。はじめ、主人のなにも浮かばない表情に怖じけづく様子だったが、やがて少年は、ついてくるようにと動作で促した。主人が立ち上がり、彼の後をおう。一瞬、変な場所につれていかれやしないかと悪い予想が脳裏を過ぎったが、少年をもう一度みれば、それが杞憂であるとわかった。時折ふりかえり、こちらをみてくる彼の目に、邪気はかけらもふくまれていない。人を騙せるような子ではなさそうだった。私も主人のあとを急いで追った。
少年は時折、主人と言葉をかわした。主人はたまに、ぽつりと返事をした。サーシャ、という単語が聞こえた。主人の愛称である。お互い自己紹介をしたらしい。主人が答えたのは意外だった。
ふと私はまた自分の失態に気付く。この地域の通貨をもっていなかったのだ。このままでは、宿泊ができない。
しまった、という顔をした私に気付いた主人は、少年に何かをたずねた。またも主人に気をつかわせるとは、なんたることだろう。心中で頭を抱える私を余所に、少年は大丈夫、というように笑顔をみせ、首を縦にふった。任せてくれ、ということなのだろう。
しばらくしてたどり着いたのは、立派な商店だった。少年が店のものを呼ぶ。親しい間柄のようだった。
すぐに話しがついたらしく、少年が主人にはなしかけてきた。主人は少年にうなづき、少しそでをめくった。細い枝のような腕に、国から金作として持ってきていた貴金属の宝飾品が、幾重にも巻き付けてあるのがちらりとみえた。彼はその装飾品の中から、大振りなものを一つ、少年に手渡す。大きな青い宝石がうめこまれ、繊細な細工ほどこされたそれをみて、店員が息を呑んだ。あたりまえだ、公爵家の財産なのだから。
しばらくしたら、腕輪とひきかえにずしりとおもい革の袋がてにはいった。貨幣価値はよくわからないが、安く買い叩かれていないと信じたい。
主人は少年にまた語りかける。一度では理解出来なかったらしい少年に、主人は自分の服を引っ張ってみせた。
ようやくわかったらしく、少年は何事かをいいかえす。主人はうなづき、また短く言葉をかわした。少年は少し考え込み、おもいついた様子で店内にはしりさり、またもどってきた。忙しない子だ。
「ここは彼の家らしい。宿を提供してくれるようだ」
「まことですか」
「随分と奇遇な子供にであったようだ、物好きだな」
得意げに微笑む少年にめをやる。礼をいいたいが、言葉をしらなかった。
「شكرا」
「は?」
「この地域で礼をのべるときはそういうようだ」
主人が少年にむけその単語を発すると、嬉しそうに、だが恥ずかしそうに少年が手を振った。
私は主人のまねをし、謝礼の言葉を少年に言った。
少年はさらに照れ臭そうな笑顔をうかべ、頭をかき、我々に向かって家の中へとてまねきした。ついてこいということだろう。我々はおとなしくあとにつき、客室に通された。
部屋は、綺麗な色の絨毯と壁布に覆われていた。奥には私の知る寝台よりは高さの低い寝床が用意されている。随分と良い宿を手に入れられた。
「お前の部屋は隣だ」
なんと、二部屋を提供してくれるらしい。
外套を脱いだ主人が、寝台に横になった。彼の疲労も限界だろう。
「子供の好奇心は煩わしいものだが、時には役に立つな」
たしかに、なんとか意思疎通ができる少年がついてくれるのは心強い。しかし、自分が主なしではなにもできないことが歯痒かった。僕としてあるまじき現状である。
「申し訳ございません、私は何のお役にもたてない。」
「護衛兼荷物持ちとしては充分だ。これからまた役に立てば良い」
「は…」
「また明日、街を案内してくれるようだ。私は休みたいので、必要な物を調達してこい」
「かしこまりました」
主人はそっと目を閉じた。
「少し眠る」
「お食事は?」
「いらん」
主人が手を軽く降る。退室せよとの指示だ。私は軽く一礼し、自分に与えられた部屋にさがった。
いくばくかして、部屋の戸が叩かれた。件の少年が、食物ののった小さな卓を持って現れた。
覚えたばかりの謝礼の言葉を唱えると、少年はきにするなというように笑顔をみせた。
「サーシャ?」
彼は寝ている、と身振りで説明すると、どうにか通じた。わかった、というように少年がうなづく。
「君」
なにごとか、と少年が首を傾げる。私は自分を指差し、「グーリャ」と自分の愛称を告げた。君の名は?指での動作で伝わるものだろうか。少年は少し考え込み、私を指差した。
「グーリャ?」
私は頷く。
少年は意図を察したようで、「ナーターン」と、自分の名を告げた。
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