天幕の中でのんびりと煙草をふかしていたアーリクの優雅な午後は、
ばたばたと走り込んでくる足音、なにかの衝突の振動、そしてあがった悲鳴によって、ものの見事に破壊された。
「っ……おいアーリク!俺の財布、財布しらねえか!?黒いやつ!」
額をさすりながら、ミロは非常に慌てた様子で口早にそう尋ねた。
目が潤んでいるのは、ぶつけたのがそうとう痛かったのだろう。
対するアーリクは、キセルをくわえ煙をぷかりとやってから、ようやく口をひらいた。
「知らん。ここにはない。」
予想通りだが、ミロが1番ききたくなかった返答に、彼はがっくり肩を落とした。
「ああああ、まじかぁ~……」
へたへたと、規格外の長身がその場にしゃがみこむ。
「また、すられたのか」
アーリクはしれっとした顔でミロをみやり、―ミロは、彼が心底呆れていると認識した―
更に辛辣な言葉を投げかけた。
「お前も学習能力がないな。これで何度目だ?
大体そんな図体でそんな得物を持ち歩いているくせに
ありとあらゆるスリにまでなめられて、いい加減悲しくないか」
「ええ、もうめちゃめちゃ悲しいっすよ……言い返せないことがよ……」
アーリクの言い分は、事実の羅列にほかならない。
祟られているのだろうか。金を粗末にした記憶なんてないというのに。
もしくは、全砂漠スリ連盟とやらに、カモとして通告でもされているのだろうか。
そのくらい、ミロはスリ被害に合うのである。
護衛を生業としており、腕は滅法たつミロであったが、雑踏でのスリとの勝負に関しては、全戦全敗記録を日々更新している。
ミロとしては、いつも気をつけているつもりなのだが。
「ったく、なんでいつもこうなんだ俺」
ミロが暗い顔で、頭を抱え込む。
「雑踏を歩くな」
まさに的確な助言だ、とでも言わんばかりに、アーリクがうなづく。
「そうもいかねえだろ!買い物ひとつできねえ」
「すられるよりは、買わないほうがいいだろう」
「無茶言うな」
それでは、さすがに生活ができない。ただでさえ、アーリクのように一日中閉じこもってなどいられない性格である。
「では、魔よけでもしてもらうか?」
「もう試した!」
「なるほど、そして呪い士からぼったくられたんだな」
したり顔―であるだろう、この鉄面皮め―のアーリクに対し、ぐうの音もでない。
ミロは黙りこくって、アーリクを覇気なく睨み付けた。
ぽん、と、アーリクが灰を灰皿に叩き落とし、立ち上がった。
「…金に嫌われている。諦めろ」
「あきらめられっかっての!」
日よけのフードとマスクをきちんと着込みながら、アーリクはミロの横をすりぬけた。
「しかたがないから、たまには私がめぐんでやろう。少々値ははるがな」
固まったミロの肩をポン、とたたいて、天幕を開き、外に滑り出る。
一瞬の間をおいて聞こえた反論を完全に無視し、アーリクは市場へと向かった。
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