「イリス」
肩にもたれ掛かった恋人を軽く揺する。反応はない。
再度、今度はもうすこし強く揺すってみた。するとようやく、彼女は眠そうに薄く目を開いた。長い睫毛が軽く上下を繰り返す。
「大丈夫か、気分とか悪くねぇか?」
「……ん……え?」
ぱちりと目を開いたかとおもうと、イリスはびっくりした面持ちで、ぱっと体を起こした。
「やだ、私寝てた?」
「どんなに五月蝿くたって起きねえで寝てたぜ、おはよう」
ミロは笑いながら、少しばかり縺れていたイリスの髪を撫でて直してやった。
「もう、起こしてくれてよかったのに、……動けなかったでしょ」
「だから起こしたって」
イリスがきょろきょろと当たりをみわたす。賑やかな宴会は終わりを告げたのか、音楽は止み、人も随分疎らになっていた。彼女の記憶の中では同じ席を囲んでいたはずの見知った顔も、すでにそこにはない。
「ソティス達が今さっき帰ってったから、そろそろ送ろうと思ってさ」
「みんなもう帰っちゃったの?」
「ほんとに起きねえんだもん、お前。飲み過ぎた?」
イリスは少し、不服そうな顔をしてみせた。
「そんなことないと思うけど。ミロシュさんは?」
「お前よりは飲んだけど平気」
ミ ロは笑う。彼は自身が酒を飲み過ぎたなどと思ったことはない。イリスはミロのほんの数分の一、それでもそれなりの量を飲んでいた。常として酒量が嵩むと彼女は眠くな るようだから、途中でうたた寝を始めたのは想定内だ。肩を貸すくらいなんてことはない、お安いご用である。むしろこれくらい飲めれば、充分実家でもやって いける分量だから、ミロとしては嬉しい限りだ。
「暇じゃなかった?」
「全然?」
いろいろ見てたからなあ、と言えば、見逃したことをイリスが残念がるものだから、ぱっと思い出した状況をかい摘まんで話すと、次はもっとちゃんと起こしてね、と言うものだから、わかったとミロは頷いた。だが、多分無駄だろう。目の前で取っ組み合い紛いの出来事があっても、彼女はすやすやと寝息を立てていたのだから。
ふと違和感を感じ、何気なく手を握って閉じてと繰り返す。腕が若干痺れているようだ。恋人がもたれていたからではなく、先ほど、やけに怪力なウー ログと力比べをしたせいだろう。ワハルとの飲み比べは、相手には悪いが勝負にもなっていなかったが、こちらは酷く厄介な相手だった。その動きに気づいたイ リスが、きょとんとしてミロを見る。
「腕、痛いの?」
「痛くはねえけど」
「あっ、あんなことしたから、ぶつけたんでしょ」
窘めるような言葉に、ミロは肩を竦めた。
ウーログとの腕相撲は勝負がつかなかった。二人の力のせいか重量のせいか、やわだったらしい机が見事に壊れたのである。
「あちらさんもきっと痺れてんじゃねえかな」
軽く手首を振りながら笑う。無茶しちゃだめなのよ、と言う恋人に、わかってるよとまた頷いた。ふと目線を周囲に向けると、疎らだった人影が更に少なくなっていた。
「さぁて、あんま遅くなるとリーフにどやされちまうし、帰ろうか?」
「うん」
差し延べた手を、小さな細い手が握り返す。それだけで痺れもなにも飛んでいくようで、ミロはそっと、その手の甲に、いつもの接吻を落とすのだった。
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